とある転生の物語 ③

そのとき、
アフリカの赤い大地。
いくつかの氏族のお抱え巫女だった私は、どの氏族とも均等な距離を置ける位置に建てられた、
他のみんなの家よりも立派な家に暮らしていた。

小さいころは年老いた先代の巫女と一緒に。
どの薬草がどんなふうに効くとか、
この症状の時にはこんな風に手当てをするんだよとか。
「巫女」として生きて行くのに必要な知識を教えて貰いながら、
毎日おばあちゃんと二人きりの穏やかな生活。

一族の歴史とか、
神様の物語を口伝することも大切な仕事の一つだったけど、
生まれてきた新しい命に祝福のお祈りをしたり、
そうかと思えば、夜中にこっそり来る長老から頼まれて、他所の部族に呪いをかけることもあった。

でも、一番大事な仕事は、
これから息を引き取ろうとする人たちのところへいって、
死ぬのが怖くなくなる「おまじない」をすることだったかもしれない。
なにせ、子供やお年寄りや病人は、
過酷な生活環境で簡単にぱたぱたと亡くなってしまうから。

彼らが迷って死ねなくならないように。
きちんと死んで、悪霊にならないように。
手を握って引導を渡すことが大切なんだよ、
とおばあちゃんはにっこり笑ってくれるけど。
その手が暖かいうちに、私に触れることはついぞなかった。

巫女には触れてはいけない。
そういう厳しい決まりがあったのだ。


巫女は氏族の中から選ばれた子供がなるものだった。
それはあるときは孤児だったり、
巫女がじきじきに後継ぎとして欲した子供だったりしたが、
私の場合は、どうやら先代が赤ちゃんの頃に出逢った私を、「後継ぎに」と指名したらしい。

私に両親の記憶がないところをみると、
もうずいぶん早い時期にホストファミリーに引き取られたのだろうなぁ。
なんて想像してみたりもしたけれど、考えてみても仕方がないことなので、
結局いつも途中でどうでも良くなってしまう。。


おばあちゃんと私の生活の面倒を見てくれていたのは、
少し離れたところに住む、ホストファミリー一家だった。
全部の氏族から依頼され、独立した立場にいて、
私たちの衣食住をすべて面倒見てくれるありがたい家族ではあったけれど、
私たちと口を聞いてくれるのは必要最小限のことだった。
彼らはやはり私たちと同じで、普通より良い暮らしはしていたのだけれど、
その仕事のせいでみんなに差別されていると知ったのは、もっとずっと後のことだった。

若くして妻を亡くしたその男は、それは良く働いた。
7人くらいいたこどものうち、
一番下の子は私に良く笑いかけてくれたけれど、
私がその子に触れることは「良くないことだ」とおばあちゃんに止められていた。

私はその男の瞳を、そしてこの一番下の子の瞳を今でもよく覚えている。


年頃になると、
赤い大地に大きく沈む太陽を、私は良くひとりでながめに行った。

目を閉じて意識をとばすと、他所の国では鉄でできた大きな長いものが、
沢山の着飾ったひとや沢山の荷物を載せて、もうもうと煙を吹上ながら走っている。
大きな水たまりがあったり、
その上に浮かぶ布のついた木でできたものは、どうやら「フネ」と呼ぶらしい。

他の国ではもっといろんなことが起きているけれど、
私は相変わらずここでひとり、
ひとりきりだ。

薬草なんかじゃ治らないとわかっている病気を、
自分なんかがどうにかできるもんでもないけどな。。

暖かくて安らかな世界を感じることも時々あったけど、そっちに行ってしまったら、
そこにゆだねてしまったら。
自分が完璧に人間じゃなくなると思っていた。

さびしい。
さびしい。
さびしい。

どうか、誰か暖かい手で私に触れて。

ここにいてよいのだ、
生きてて良いのだと抱きしめてほしい。

村で見かけるように、頭をなでてほしい。
こんな掟を守ったところで、私には誰も救えない。

私がもし、
巫女ではなく普通の女だったとしたら。

失われていく体温をかき集めるように感じるのではなく。
ホストファミリーの男の後妻にでもなってさらに子を増やし、
7人の子供と仲良く触れ合って暮らすのだろう。

のんきものでだらしないあの男の妻になるというのは、
きっと毎日退屈しないで済むに違いない。
よく尽くしてくれるあの男の世話を私が甲斐甲斐しく焼き、
沢山の子供を抱きしめて、
夜は一番下のあの子を、壊さないようにそっとそっと。
大事に抱えキスをして眠るのだ…。。



そして、私はいま。
ホストファミリーの男だった旦那と結婚し、尽くし、振り回され、
一番下の子だった娘を産み育てた後、円満離婚。
20歳になっても落ち着かない彼女を眺めながら、毎日エキサイティングに暮らしています。

ご利用は計画的に。
というCMのキャッチコピーを思い出すほど、あの時の家族とともに過ごすことを願った彼女に
どうにもツメが甘いんじゃねえの?と、クレームをつけたい気持ちでいっぱいです。

幸せかって?。
それはもちろん!
私はこれからも彼らと家族としてありつづけ、
そして愛しい人に触れて過ごしていくのでしょうから。

課題も多いけど、あの時に比べたら望外の幸せ、感謝の日々ですよ。

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